心と体

高幡不動尊で厄除けしました

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お昼まで病院にいた僕は、PPアニキから進められた高幡不動尊へ厄除けをしに行きました。

初めて高幡不動尊に行きましたがとても綺麗な所です。
6月1日から紫陽花祭りが始まるためもう大分咲いてるかなあ…と期待してましたがまだ早かったです。

まずは受付で3千円の厄除けを申し込み、本堂へ入りました。開始まで20分ほどありましたが、お坊さんが来てなんかとてもありがたいお話をしてくださいましたので、僕は正座をし(この後僕はとんでもないことに…)PPアニキを見習いメモを取りながらお坊さんのお話を聞きました。

★四恩の心

四恩とは…

1 親への恩
2 国への恩
3 社会への恩
4 神への恩

だそうです。

最近も、高校生が親を殺害するという残忍な事件が起こりましたが、それは家庭の安らぎがかけているからだそうです。

「家庭の安らぎ」
それはご先祖様を敬う事から得られるそうで…。

食事の前には陰膳を仏壇に添え拝む…そう、僕の家でも毎日これをやってましたがとても清らかな気持ちになり、家族で拝んでるとなんか絆が深まるような気がしたものです。
そして亡くなった父がいつもそこにいてくれてるような神聖な場所でもありました。

次に、お坊さんはこの歌を憶えて下さいと言って行基菩薩の歌を読み上げました。

「ほろほろとなく山鳥の声聞かば父かとぞ思う母かととぞ思う」

僕はぱっと聞いただけでは、あまり深い意味には感じられませんでした。ほろほろとなく山鳥の声を聞いたら故郷の父と母を思い出した、というような。
でもお坊さんがこの歌はとても大事です、というのでネットで意味を調べると…

「山の中を歩いておったら、ほろほろと山鳥の鳴く声を聞い

て、お父さんの声、お母さんの声に似てるなと思った、という

ようなロマンチックな歌じゃない。前世の、自分の前世の父

じゃないだろうか、母じゃないだろうかここで声を聞くという

ことは、袖触れ合うも他生の縁であって、偶然じゃないと。 

仏教では偶然ということは言いませんからね。

皆、必然というんですから。 

だから何か自分と縁があるんと違うかと。 

ひょっとしたら前世の罪が深くてこの世に鳥になって生まれて

きてると。

或いは自分が前世では鳥であったのかも分からない。

その父かぞと思う、母かぞと思うという歌なんですね。

だから昔の人は皆そういうふうに、動物でもね、ひょっとした

ら自分の前世の何かだったんだろうかと、いうふうな考えを持

ったもんですよ」という意味が書かれてました…。



まあそのようなありがたいお言葉を、僕は慣れない正座をして聞いてましたが、足が痛くてしょうがありません!!
ジンジンジンジン~!!
40分ほど正座してたら完全に足が麻痺して、本番の厄除けが始まりご本堂の前に歩いて行く段階になり、立とうとしたら立てません!!
膝から下の感覚が完全に無いんです。おまけに血圧低下から来る猛烈な立ちくらみも加わり、頭の中はぐるぐる回ってます。

どうしよう!?

とマジであせりました。何とか手すりにつかまり立ち上がりましたが手を離すと後ろへひっくり返りそうです。もしここで僕がひっくり返ったら周囲に大迷惑をかけてしまいます。
なので1分ほど手すりにつかまりながら立ち、足の感覚が戻ってから歩き出しました。

無理して正座する必要も無かったんですが、なんか無性に正座をしたくなり意地になりすぎた僕がバカでした。

最後に護摩札を受け取りましたが、家に帰ったらこれはどうするんでしょう?

この後、五重塔に登ったり(これはイマイチ)境内の美しい建造物やちょっと咲き始めた紫陽花の写真を撮ったり、高幡不動尊を堪能してきました。帰り際門の所で、お話してくださったお坊さんが前から歩いてきたので、僕は思わずにっこりとお辞儀をしてしまいました。

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